人生を満喫してしまったかもしれない


20を過ぎた頃から物忘れが激しくなり、同時に過去のことを思い出すことが多くなった。わたしはいつに生きているんだ。


過去のことを思い出すのは発作的で、わたしの精神を蝕む要因の一つであると医師に言われた。悪い思い出だけ思い出さないように、思い出してしまったら流すように。そのために精神をまろやかで軽やかにしていくのがわたしのもうひとつの仕事となる。普段職場で働いていながら…なんというダブルワーク…。

ときどき〈忘れてはいけないこと〉も思い出す。病気のように。中学生の頃友だちとプリンタワーを作ろうとしたこと。保育園のころ捕まえたイナゴ。昨年助けた雀。これもきっとわたしは忘れてしまう。

思い出したくないことが頭から乖離していかない時は薬を飲んで横になる。食事の風景に薬が常駐するようになってから何年経つだろう。どこからどこまでが自分で、どこからどこまでが薬なんだろう。来年の今頃、わたしは今日あったことなんてすっかり忘れて惰性で生きているだろうか。

今日は雪の香りがしない。暖房の効いた部屋で、毛布がもたらす幸せの中で眠りにつく。明日も仕事だ。稼ぐぞ。

人生を満喫してしまったかもしれない


20を過ぎた頃から物忘れが激しくなり、同時に過去のことを思い出すことが多くなった。わたしはいつに生きているんだ。


過去のことを思い出すのは発作的で、わたしの精神を蝕む要因の一つであると医師に言われた。悪い思い出だけ思い出さないように、思い出してしまったら流すように。そのために精神をまろやかで軽やかにしていくのがわたしのもうひとつの仕事となる。普段職場で働いていながら…なんというダブルワーク…。

ときどき〈忘れてはいけないこと〉も思い出す。病気のように。中学生の頃友だちとプリンタワーを作ろうとしたこと。保育園のころ捕まえたイナゴ。昨年助けた雀。これもきっとわたしは忘れてしまう。

思い出したくないことが頭から乖離していかない時は薬を飲んで横になる。食事の風景に薬が常駐するようになってから何年経つだろう。どこからどこまでが自分で、どこからどこまでが薬なんだろう。来年の今頃、わたしは今日あったことなんてすっかり忘れて惰性で生きているだろうか。

今日は雪の香りがしない。暖房の効いた部屋で、毛布がもたらす幸せの中で眠りにつく。明日も仕事だ。稼ぐぞ。

2018年の冬とQOLの話


本は買っただけで頭が良くなった気がする。しかも買った後は好きな本ほど傷むのが怖くてページを繰ることができない。ぴかぴかの本が背表紙だけ日焼けしていく。うちの親は何を考えて西日の当たるところに本棚を作ったのか。本が可哀そうなので読んでみるとなんとも、こう、ノスタルジック。昔、この文字はどんな顔で日の目を見たのか。このページはどんな眩しさでわたしの顔を見たのか。いけない、文字が脳を上滑りしてしまう。


久しぶりに丸善に行ったらとても静かで、人はたくさんいたのにお通夜のようだった。皆んなが着ている冬のコートばかりが衣擦れして、大学の図書館もこんな感じだったかしらと思い出す。眼鏡の店員さん、うにゃうにゃ喃語を喋る幼子、その子を抱える父親、コーヒーをくゆらす文化人。きっといたるところで皆が皆檸檬を爆発させたがっている。そんな変な妄想をしながら目当ての本を探し、無かったようなのでこれは通販かな、と肩を落とした。図書カードが溜まっていく。

好きな作者の本を一冊だけ、しかも亡くなってしまったのでもう文庫本にはならないであろうハードカバーを買って丸善を出る。紺色のビニール袋が嬉しい。空気が雪の香りを運んで、それはそれはもう冬だった。コートのポッケに手を突っ込んで震えながら信号待ち。きっとこの信号が青になったら、向かいのパン屋の香ばしい香りが雪と混ざる。そんなことを考えると心がふくふくしてきて、ああもう、最高な休日だな。

弔イス


米を一合炊いて二人前、卵は四個常温に戻しておく。玉ねぎ二分の一個をみじん切りにし、マッシュルームは薄切りに。


鶏ひき肉を適当に炒めて火が通ったら玉ねぎを透明になるまで炒める。マッシュルームをケチャップとともに追加。炒め合わせたらご飯を投入。ケチャップが行き渡るようによく混ぜる。味見をして必要ならケチャップを追加。これでたぶんチキンライスは完成。

卵二個を溶いて牛乳をドバァ入れる。ここでちゃんとドバァ入れるとふわふわ感が出る。フライパンに油を大さじ一杯分くらい。温度が高くなったら卵投入。スクランブルエッグを作るようにふわふわかき混ぜてある程度固まったらフライパンを揺すって三つ折りにする。チキンライスの上にポテっと卵を乗せる。とりあえず一皿完成。もう片方も同じ感じで卵を乗せる。

目指しているのはパカっと割ってとろ〜〜ってなるオムライスなのにそれはとても難しい。

卵のミルキーな感じと強めのチキンライスが好き。トマトケチャップおいしい。

飼い犬が居なくなってからミルクを舐めるあの子が見られない。天国ではきっともっと明治もびっくりなあま〜くてしあわせ〜なミルクが飲めるんだろうな。点眼しておくれよ。わたしがそっち側に行ってもし会えたら、オムライス食べて欲しいな。ちょっとだけ得意料理なんだ。えへへ。

ひとちゃん


昔、ひとちゃんが好きだった。恋と言うには怒られてしまいそうな淡い感情だった。保育園にいた頃の記憶はひとちゃんを芯にして、ゆるゆるとわたしを形作っていた。


ひとちゃんは元気な男の子だ。よく動くしよく笑う。高い声が耳に心地よかった。わたしとひとちゃんはたくさん遊んだ。それはもうたくさん。遊びは保育園に収まらず、園外にも及んだ。一緒に焼き芋屋さんを追いかけた。小さなわたしたちにはゆっくり走る焼き芋屋さんがとてもとても遠くに感じられて、とてもではないけれど追いつかず、結局ひとちゃんのお母さんが買ってくれたし、わたしにはお金が無かった。

親御の参観の日、友だちがかけてくれた魔法でわたしはシンデレラになった。劇でシンデレラを演じたというか、演じさせてもらったというか。そのときひとちゃんは王子さまだった。その日はお気に入りのワンピースを着て、ひとちゃんの手を取って踊った。

ひとちゃんが住んでいた緑の中の大きな一戸建ての周りは今、住宅街になっている。わたしは今、東京に負けて田舎の博物館で働いている。ひとちゃんは小学生になる前に骨折し、それが災いしたのかだいぶおでぶちゃんになって、わたしのふわふわとしたこころはひとちゃんから離れていった。もっと色んなものを芯にせざるを得なくなった。ひとちゃん、元気かなあ。感傷的な夜もそうでない夜も夢を見る。たまにわたしは彼の知らないところでシンデレラとなって夜を踊っている。

頭上の備忘録



今日は雲ひとつ無い素晴らしい天気の下、なぜ空は青色を選んだのか考えていた。



青色は食欲を削ぐというのに、あの日クラスのみんなで食べたバーベキューは美味しかったなとか、ずっと空が赤色だったらインスタ女子が「そら、きれい。。。」って折り紙のような一面を切り取って上げるのだろうかとか。
雪が降り、日が暮れると田舎の景色は紫色になる。あの分厚い雪雲の奥には何色が広がっているのだろう。


空は繋がっていると言うけれど、遠くにいる友だちは決して同じ空を共有できない。それは細やかな時差だったり、空を見る心のゆとりだったり、天気だったり。会話が噛み合わないととりあえずなあなあにおしゃべりをやめて、行く予定のない旅行の話を始める。


空が青色を選んだのは


幼いころ親に「海はなんで青いの?」と聞いたら「空を映してるからだよ」と言われた。そんな小さな嘘のために空は青色を選んだのかもしれない。思い出は思い出でしかないけれど、その全てが夜のわたしに夢を見せてくれる。記憶の現在、人間存在の至る場所に、青色を選んだ空がある。


つらつら述べているうちに、気がついたら冬があした来るそうだ。

過去、宿無しの夜


忘れられない料理がある。


学生時代に思わぬところで人擦れし、自分の下宿に戻れなくなるほど事態が悪化した夜があった。友だちの家に一泊できるか片端から助けを求め、なんとかアテがついたあのときの安堵感は如何程だったか。その友だちの家に着の身着のまま転がり込んでお世話になることになった。そしたら彼女はこう言った。
「夕飯の買い物に行こう」
こちらは財布すら無い服を着ただけの人間なのに、ご飯までご馳走になるとは…。慌てて気を使わなくていい旨を伝えたけれども、向こうは「家に材料がないから」と何ともなしに言う。結局その日の夜のスーパーで、二人で買い物をした。野菜をたくさん買ったのは覚えている。

困ったことに、彼女はとても料理が上手だった。

ノミが跳ねる程度の手伝いをした。自分の包丁捌きが情けなくて笑った。一緒に笑った。完成したのは、トマトスープのパスタ。食欲がないから食べ切れないかもしれない、と作ってもらった身で大分に失礼なことを言っても、残りは全部わたしが食べると応えてくれた。

一口目のあの感動を今も覚えている。

トマトの酸味、オクラの青っぽさ、炒めたニンニクの香ばしさ。二口目、三口目と不器用にフォークを使いながら、相手より早く完食してしまって恥ずかしかった。そのくらい優しくて、美味しかった。皿をひっくり返してスープも飲み干した。天才だと思った。まだ食べたいとすら思った。

聞くと、快適に料理ができるようにキッチン重視で下宿を選んだと言う。ああ、この人は幸せになるな、なって欲しいと思った。一皿の料理で、ここ数日の心の擦り傷に絆創膏を貼ってもらったような、そんな気がした。

今でもまだ思い出す。あの夜のトマトスープのパスタと、何よりも人を幸せにしてくれた友だちのこと。暖かい思い出で出来た自分の部位が、忘れてはならないと刻み込んでくれた慣性に感謝して、今日という一日を終わりにする。

明日はわたしの誕生日。