モラトリアムは課金で延長できます


「給湯温度 浴室優先です」


ぽつりぽつりと今度書きたいネタや気に入ったフレーズをお風呂の中で反芻する。けれどもわたしはそれをさっぱり忘れて浴槽から出る。洗い流してしまっているんだ、生きるために必要でないものは。今のわたしには自分の命を繋ぎとめることに毎日必死で、娯楽としての執筆活動は人生の中で濁してしまっている。何を必死になっているかと問われれば、惰眠を貪っているだけ。でも動けない。このままじゃ駄目だといくら思っても、身体を横たえて仕事に備えるしか出来ない。

それでも先月、久しく東京に出向いたとき、美術館の看板の上で鳴いていたカラスの枯れた声が忘れられない。仲間を呼んでいるのか、餌を探しているのか、とても苦しそうだった。あ、あ、と鳴くカラスの気持ちになると、命の強さと脆さが感じられて、未だ延長している自分のモラトリアムが萎縮してしまうほど、胸が苦しくなる。

地元で桜が綺麗に咲く。芝犬がご主人様と一緒に春の匂いを嗅いでいる。春は、何かしなければと思う気持ちと、もう今のままでいいんじゃないかと思う気持ちが溶け合う季節だ。とりとめのないこの文章も春のせいにしてしまっていいだろうか。わたしは季節の重しのように心に染みを作るあの子の死を、何回も、何回も、きっとこれからも経験して、あの子が友人に望まなかった生を生きていく。

それはとても寂しい。

人生を満喫してしまったかもしれない


20を過ぎた頃から物忘れが激しくなり、同時に過去のことを思い出すことが多くなった。わたしはいつに生きているんだ。


過去のことを思い出すのは発作的で、わたしの精神を蝕む要因の一つであると医師に言われた。悪い思い出だけ思い出さないように、思い出してしまったら流すように。そのために精神をまろやかで軽やかにしていくのがわたしのもうひとつの仕事となる。普段職場で働いていながら…なんというダブルワーク…。

ときどき〈忘れてはいけないこと〉も思い出す。病気のように。中学生の頃友だちとプリンタワーを作ろうとしたこと。保育園のころ捕まえたイナゴ。昨年助けた雀。これもきっとわたしは忘れてしまう。

思い出したくないことが頭から乖離していかない時は薬を飲んで横になる。食事の風景に薬が常駐するようになってから何年経つだろう。どこからどこまでが自分で、どこからどこまでが薬なんだろう。来年の今頃、わたしは今日あったことなんてすっかり忘れて惰性で生きているだろうか。

今日は雪の香りがしない。暖房の効いた部屋で、毛布がもたらす幸せの中で眠りにつく。明日も仕事だ。稼ぐぞ。

人生を満喫してしまったかもしれない


20を過ぎた頃から物忘れが激しくなり、同時に過去のことを思い出すことが多くなった。わたしはいつに生きているんだ。


過去のことを思い出すのは発作的で、わたしの精神を蝕む要因の一つであると医師に言われた。悪い思い出だけ思い出さないように、思い出してしまったら流すように。そのために精神をまろやかで軽やかにしていくのがわたしのもうひとつの仕事となる。普段職場で働いていながら…なんというダブルワーク…。

ときどき〈忘れてはいけないこと〉も思い出す。病気のように。中学生の頃友だちとプリンタワーを作ろうとしたこと。保育園のころ捕まえたイナゴ。昨年助けた雀。これもきっとわたしは忘れてしまう。

思い出したくないことが頭から乖離していかない時は薬を飲んで横になる。食事の風景に薬が常駐するようになってから何年経つだろう。どこからどこまでが自分で、どこからどこまでが薬なんだろう。来年の今頃、わたしは今日あったことなんてすっかり忘れて惰性で生きているだろうか。

今日は雪の香りがしない。暖房の効いた部屋で、毛布がもたらす幸せの中で眠りにつく。明日も仕事だ。稼ぐぞ。

2018年の冬とQOLの話


本は買っただけで頭が良くなった気がする。しかも買った後は好きな本ほど傷むのが怖くてページを繰ることができない。ぴかぴかの本が背表紙だけ日焼けしていく。うちの親は何を考えて西日の当たるところに本棚を作ったのか。本が可哀そうなので読んでみるとなんとも、こう、ノスタルジック。昔、この文字はどんな顔で日の目を見たのか。このページはどんな眩しさでわたしの顔を見たのか。いけない、文字が脳を上滑りしてしまう。


久しぶりに丸善に行ったらとても静かで、人はたくさんいたのにお通夜のようだった。皆んなが着ている冬のコートばかりが衣擦れして、大学の図書館もこんな感じだったかしらと思い出す。眼鏡の店員さん、うにゃうにゃ喃語を喋る幼子、その子を抱える父親、コーヒーをくゆらす文化人。きっといたるところで皆が皆檸檬を爆発させたがっている。そんな変な妄想をしながら目当ての本を探し、無かったようなのでこれは通販かな、と肩を落とした。図書カードが溜まっていく。

好きな作者の本を一冊だけ、しかも亡くなってしまったのでもう文庫本にはならないであろうハードカバーを買って丸善を出る。紺色のビニール袋が嬉しい。空気が雪の香りを運んで、それはそれはもう冬だった。コートのポッケに手を突っ込んで震えながら信号待ち。きっとこの信号が青になったら、向かいのパン屋の香ばしい香りが雪と混ざる。そんなことを考えると心がふくふくしてきて、ああもう、最高な休日だな。

弔イス


米を一合炊いて二人前、卵は四個常温に戻しておく。玉ねぎ二分の一個をみじん切りにし、マッシュルームは薄切りに。


鶏ひき肉を適当に炒めて火が通ったら玉ねぎを透明になるまで炒める。マッシュルームをケチャップとともに追加。炒め合わせたらご飯を投入。ケチャップが行き渡るようによく混ぜる。味見をして必要ならケチャップを追加。これでたぶんチキンライスは完成。

卵二個を溶いて牛乳をドバァ入れる。ここでちゃんとドバァ入れるとふわふわ感が出る。フライパンに油を大さじ一杯分くらい。温度が高くなったら卵投入。スクランブルエッグを作るようにふわふわかき混ぜてある程度固まったらフライパンを揺すって三つ折りにする。チキンライスの上にポテっと卵を乗せる。とりあえず一皿完成。もう片方も同じ感じで卵を乗せる。

目指しているのはパカっと割ってとろ〜〜ってなるオムライスなのにそれはとても難しい。

卵のミルキーな感じと強めのチキンライスが好き。トマトケチャップおいしい。

飼い犬が居なくなってからミルクを舐めるあの子が見られない。天国ではきっともっと明治もびっくりなあま〜くてしあわせ〜なミルクが飲めるんだろうな。点眼しておくれよ。わたしがそっち側に行ってもし会えたら、オムライス食べて欲しいな。ちょっとだけ得意料理なんだ。えへへ。

ひとちゃん


昔、ひとちゃんが好きだった。恋と言うには怒られてしまいそうな淡い感情だった。保育園にいた頃の記憶はひとちゃんを芯にして、ゆるゆるとわたしを形作っていた。


ひとちゃんは元気な男の子だ。よく動くしよく笑う。高い声が耳に心地よかった。わたしとひとちゃんはたくさん遊んだ。それはもうたくさん。遊びは保育園に収まらず、園外にも及んだ。一緒に焼き芋屋さんを追いかけた。小さなわたしたちにはゆっくり走る焼き芋屋さんがとてもとても遠くに感じられて、とてもではないけれど追いつかず、結局ひとちゃんのお母さんが買ってくれたし、わたしにはお金が無かった。

親御の参観の日、友だちがかけてくれた魔法でわたしはシンデレラになった。劇でシンデレラを演じたというか、演じさせてもらったというか。そのときひとちゃんは王子さまだった。その日はお気に入りのワンピースを着て、ひとちゃんの手を取って踊った。

ひとちゃんが住んでいた緑の中の大きな一戸建ての周りは今、住宅街になっている。わたしは今、東京に負けて田舎の博物館で働いている。ひとちゃんは小学生になる前に骨折し、それが災いしたのかだいぶおでぶちゃんになって、わたしのふわふわとしたこころはひとちゃんから離れていった。もっと色んなものを芯にせざるを得なくなった。ひとちゃん、元気かなあ。感傷的な夜もそうでない夜も夢を見る。たまにわたしは彼の知らないところでシンデレラとなって夜を踊っている。

頭上の備忘録



今日は雲ひとつ無い素晴らしい天気の下、なぜ空は青色を選んだのか考えていた。



青色は食欲を削ぐというのに、あの日クラスのみんなで食べたバーベキューは美味しかったなとか、ずっと空が赤色だったらインスタ女子が「そら、きれい。。。」って折り紙のような一面を切り取って上げるのだろうかとか。
雪が降り、日が暮れると田舎の景色は紫色になる。あの分厚い雪雲の奥には何色が広がっているのだろう。


空は繋がっていると言うけれど、遠くにいる友だちは決して同じ空を共有できない。それは細やかな時差だったり、空を見る心のゆとりだったり、天気だったり。会話が噛み合わないととりあえずなあなあにおしゃべりをやめて、行く予定のない旅行の話を始める。


空が青色を選んだのは


幼いころ親に「海はなんで青いの?」と聞いたら「空を映してるからだよ」と言われた。そんな小さな嘘のために空は青色を選んだのかもしれない。思い出は思い出でしかないけれど、その全てが夜のわたしに夢を見せてくれる。記憶の現在、人間存在の至る場所に、青色を選んだ空がある。


つらつら述べているうちに、気がついたら冬があした来るそうだ。