まだ情けないことにあの日に燻っている


夢を見た。


床から天井にかけて葡萄酒色のビロードが敷かれた暗い廊下に、数字だけ書かれたドアがいくつも並んでいる。どうやら集合住宅らしい。金色の髪の少女や栗色の髪の少年とすれ違いながら、わたしは自分の部屋を探していた。手掛かりは手の甲に油性マジックで書いてある消えかけた数字だけ。

彷徨っている内に何も書いていない扉にたどり着いた。開けると音の洪水に圧倒される。中は広いホールになっていて、ステージには年の頃40といった感じの男性とピアノ、観客席は満杯。歩いたり、聴いたり、出入りする人々で大変賑わっている様子だった。わたしもホールの向かい側の扉へ行こうと歩を進めると、それまで流れていたピアノ演奏が止まる。相変わらず騒々しい空間で男性の声が響いた。

「リクエストはございますか?」

その瞬間、ホール内はピタリと音が止まる。わたしは思わず手を挙げた。他の何人かも手を挙げたが男性が言った。
「そこの出口近くのお嬢さん」
わたしの方を見詰めて言うので答えた。
「亡くなったあの子に一曲」
「亡くなったあの子に?」
「友だちを喪くしたのです」
それを聞くと男性はゆっくりピアノ椅子に座り、一曲奏でてくれた。聴いたこともない静かで美しい旋律だった。自分は今まで、人生の今の今まで堪えていた全てがこみ上げてきて溢れるのを感じた。演奏が終わったとき、一人拍手をすると、つられて何人かが手を叩き、やがて会場内は大きな喝采で包まれた。

夢から覚めたとき、わたしは、友人の死がわたしの人生に影を落としているのではなく、わたしを光に押し上げてくれるものであったら幸いだなと思った。きっとあの子もそう思ってくれると。