ひとちゃん


昔、ひとちゃんが好きだった。恋と言うには怒られてしまいそうな淡い感情だった。保育園にいた頃の記憶はひとちゃんを芯にして、ゆるゆるとわたしを形作っていた。


ひとちゃんは元気な男の子だ。よく動くしよく笑う。高い声が耳に心地よかった。わたしとひとちゃんはたくさん遊んだ。それはもうたくさん。遊びは保育園に収まらず、園外にも及んだ。一緒に焼き芋屋さんを追いかけた。小さなわたしたちにはゆっくり走る焼き芋屋さんがとてもとても遠くに感じられて、とてもではないけれど追いつかず、結局ひとちゃんのお母さんが買ってくれたし、わたしにはお金が無かった。

親御の参観の日、友だちがかけてくれた魔法でわたしはシンデレラになった。劇でシンデレラを演じたというか、演じさせてもらったというか。そのときひとちゃんは王子さまだった。その日はお気に入りのワンピースを着て、ひとちゃんの手を取って踊った。

ひとちゃんが住んでいた緑の中の大きな一戸建ての周りは今、住宅街になっている。わたしは今、東京に負けて田舎の博物館で働いている。ひとちゃんは小学生になる前に骨折し、それが災いしたのかだいぶおでぶちゃんになって、わたしのふわふわとしたこころはひとちゃんから離れていった。もっと色んなものを芯にせざるを得なくなった。ひとちゃん、元気かなあ。感傷的な夜もそうでない夜も夢を見る。たまにわたしは彼の知らないところでシンデレラとなって夜を踊っている。